デペイズモン 福岡公演

12ヶ月越しの千秋楽


いよいよというか、ようやくというか、寂しいようなホッとするような、それでもやっぱり、心からの『お疲れ様。ありがとう。』を言いたい。と思わされる千秋楽となりました。

 

『ありがとう』の理由は、これまでのデペイズモンの公演を通して、役者が与えられた役に対して、試行錯誤してこそ「生まれ続ける仕草を見つけること」と「そこから想像して、自分の解釈を持つこと」の喜びを得たからです。

 

今回の公演では、患者の『過去』しか見ていなかった私が、最後の公演で『生きていく未来』に気付かされました。

 

その理由は、2つあります。

1・昌代の表情から、自分が生きていることへ絶望している様子と、なんとか生きてきたことへのプライドが見えたこと。「この歳まで生きてきてしまった」と、言動で自分の人生を否定しながらも、拠り所を探し続けながら「どうにか生きていくことを続けてきた」事実を受け取ったから。

「誰かのために。」と強いられてきたことを、どこかで「自分のために。」と置き換え、何事も自分のこととして引き受けていくことで、人間は変わっていく機会を得るのかもしれないな。と思わされた。

 

2・笠本医師の、患者への言葉一つ一つが、自分の人生への説明として届いてきたこと。

自分を蔑む患者に、力を込めて『大丈夫』と声をかける。その患者の興奮を抑えるために注射を打つシーンでは、冷静さと業務的な雰囲気を表現しながらも、「吉村さん、ごめんなさいね。」という言葉が聞こえてきたように感じた。そして、その心の中の言葉は、吉村さんに伝わっていたように見えた。

なぜなら、医者と患者という関係において、「互いの存在が対照的なものや、上下の関係でない」という笠本医師の確固たる信念があり、それは、場面的な慰めや切り替えではなく、未来に向かうための小さな肯定としての言葉を発していることから感じ取れるから。

 

 

客席で、深呼吸ができなくなった最後のカーテンコール。

役者が舞台から去っていく時に、公演の終わりに加え、自分の身勝手な『お話の続き』の始まりを感じました。

吉村さんと笠本医師の関係性が、回数ごとに際立っていき、それと同時に、吉村さんとトモくんの二人のシーンがどんどん好きになったことも、ここに記したいと思います。

 

個人的には、笠本医師とトモくんの関わりを観たかった。というのが心残りですが、(それは物理的に無理ですが。)これからも森田さんを追いながら、イメージの中で想像し続けることにします。

 

季節が一周して、一つ年も重ねました。

あっという間に、季節は冬です。

 

一つの作品が、公演としては終わりましたが、一息なんてついていられません。人生の線の中で『役者は役者』として、『マネージャーはマネージャー』として生きているのですから。

続く。

デペイズモン 愛媛公演

今回の公演では、笠本医師の『患者一人一人に対する繊細な関わり』がよく見えた。

思い返してみると、治療の信念を貫くためのアプローチが、笠本医師の演技の中で十分に表現されていたからだと思う。

 

解離性同一障害の患者、その家族、20年以上入院している患者、それぞれに対する笠本医師の関わりが、私の中にぐっと入り込んできた。

薬や生活習慣について患者に説明をすること、注射を打つこと、カウンセリングをすること、家族の意思を確認すること。どれを取っても、一つ一つの判断に一貫した信念と、患者の未来への道筋がある。

解離性同一障害を抱える患者へは、1つ1つの人格の特徴をとらえたうえで、情報収集をし、基本人格の”治療”への意思を強くしていくように見えた。

入院患者の家族であり、アルコール依存症を抱える中年男性には、家族が抱えるしんどさに寄り添いながら、自分自身の人生に向き合い、治療を受ける決断の道筋をつくった。

そして、20年以上入院している患者『吉村さん』には、退院することが叶わない現実を携えながらも、本人が拠り所としている世界観を通して物事を見ていた。吉村さんの台詞の端々から、”笠本医師との日常に支えられながら”自分が今なお生きていることを、必死に肯定しているように感じさせられた。

そして、3人の看護師から表出してくるパーソナリティーや、プライベートのエピソードによって、ひとり一人が人生で出会う『問題』や『現実』が普遍的なことであり、患者であることは、決して特別なことではない。いつ何時、自分の中での何かが弾けて、思い出せない記憶の中の誰かによって、患者という立場になるかわからないということが現実ではないかとも思った。

 

診断名や病気はあくまでも、より豊かに生きていくための情報でしかない。

笠本医師から、自分の判断や価値観を押し付ける様子は見れなかった。

『これくらいでいいだろう』という妥協はもちろん、淡々としながらも自分で問いを立て続けて、答えを出していく様子が、『患者も医者も立場が違うだけで、人間であるということだけ事実であること』を際立たせていた。

だからこそ患者は、笠本医師とともに繰り返す日常の中で、誰かの望む『幸せ』や『基準に合わせて生きる』ことから、『自分の人生の中での、些細な喜びを集める』ことを学んでいく。

『その人が生きている』ということだけが事実で、『生きたい姿』に向けた歩みを探り続けることが、笠本医師の信念なのかもしれない。それは、医療に限らず、教育にも福祉にも、人生にも通じることだ。

 

今年5回目のデペイズモンの観劇。

これまで全く気づかなかったぬかるみに、ズボッとはまった。

福岡公演までの間、その感触を味わってみることにする。