海岸での群れ

どこからともなく、大型犬に近い中型犬がやってくる。

群れの様子を、しばらく眺めていた。

日々の状況を話していた。おそらく、私たちのシンプルな想像を裏切らないだろうと思った矢先。

森田氏が声をかけると、次の瞬間にパワーバランスが変わった。

私は、カメラの向こうを、お尻のお尻から、追いかけた。

同じ日に同じ場所で。

宣材の撮影をしていると、同じ日、同じ場所、そして同じ被写体だというのに、数え切れない表情が生まれる。

もちろん、「潜在」ではない。

 

特に何かを表現して欲しいとか、表情に対する指示はなくとも、

自然に振る舞う姿を、とにかく逃さまいと夢中で撮影していく。

 

写真には、その人の歩いてきた道のりが映ると言う。

おそらく、年齢を重ねるほどに、日々の習慣の中で蓄えてきたシワや、細胞の重なりでできた影が、その人の今を映すことが、一つの理由だろう。

一人の人間を、撮り続けるという贅沢。

今ここにしかない瞬間を閉じ込めていく作業。

 

彼の大きな目は、驚きを表したかと思えば、次の瞬間には獲物を捕らえるような鋭さを持つ。

情熱的に話す時のそれは、私を責めているわけでもないのに、心臓へ向かう血液を止められているような感覚を持たせるほどのインパクトを持つ。

 

小さく収まっている顎は、口の表情を力強くさせている。それはとてもよく歌う。

最初に歌を聞いた時に、「よくもまぁ、河原で向こう岸に向かって全身で歌う、少年のような大人がいたものだ。」と感心した。

それから時が経つが、さらに気持ちよさそうに歌う、伸びるような歌声は、森田慎太郎を構成するものの一つになっているように思う。

 

東京で初雪の今日。

12月に撮った写真から、そんなことを考えてみる。